東京高等裁判所 昭和53年(う)1655号 判決 1978年12月25日
控訴人 弁護人
被告人 村瀬孝則 外二名
弁護人 山本正男
検察官 長尾喜三郎
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人山本正男の提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事長尾喜三郎の提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して、当裁判所は、次のとおり判断する。
所論は要するに、被告人らが販売した本件高麗人蔘茶(以下本品と略称することがある)は厚生省より食品として輸入の許可を受けたものであり、販売に当つても、一般に病気になるのは血が汚れているからであるが、本品は薬による副作用はなく長期に飲用すれば血の汚れを取り健康に良い等と述べた程度であり、仮に具体的な薬効を演述したとしても、その成分、形状、包装、使用目的、効能、効果、用法用量等とも併せ考えた場合本品は薬事法上の医薬品には当らないと解せられるのに、原判決は本品がこれに該当し、被告人らの行為はその無許可販売であつて同法二四条一項に違反するとしたのは重大な事実誤認であり、ひいて法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。
そこで本件記録を調査し、当審における事実取調の結果をも併せ検討すると、原判決の挙示する関係者の各供述調書を総合すれば、被告人らは、原判決の判示するとおり、株式会社青心の従業員として新潟県下で高麗人蔘茶の販売の業に従事するうち、法定の除外事由がなくまた同県知事による医薬品販売業の許可を受けることなく昭和五二年一一月七日から翌八日までの間、原判示の下塩公民館他二か所において、集つて来た西川イキら二三名に対し「今難病といわれている高血圧、糖尿病、リウマチなどは血液が汚れているために起る病気で、これを治すには血液をきれいにするほかはない。これらの病気に良く効く高麗人蔘茶はこれで、副作用もない」等といつて本件高麗人蔘茶の薬効を演述し、見本に少量づゝ分け与える等して本品が真実高血圧等の諸病の治療に効果があるものと信じた同人らに合計二三箱六七万八、五〇〇円(一箱二万九、五〇〇円)を販売したことを認めることができ、被告人らの原審公判廷における薬効を演述したことはない旨の供述記載は到底採用できない。
そこで本件高麗人蔘茶が薬事法にいう医薬品に該当するか否かについて審按すると、原審における証人高倉英雄の公判調書中の供述記載、当審における証人山本章の公判廷の供述、司法警察員作成の捜査報告書添付の昭和四六年六月一日付厚生省薬務局長の「無承認無許可の医薬品の指導取締について」と題する通達写を参考に考察すると、薬事法は、医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、向上ないしは増進に深く関わるところから、これらの製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規制し、もつて国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、その医薬品の定義としては薬事法二条一項に一ないし三号に掲げる物として規定されているところ、法令の解釈については立法の趣旨、目的に照し、一般通常人の理解において合理的な判断がなさるべきであるから、この見地から、或る物が同法二条一項二号にいう人又は動物の疾病の診断、治療、又は予防に使用されることが目的とされている物に当るかどうかを検討すると、医学的知識に乏しい一般人においてはその物の内容を識別して薬理作用の有無を判断することは不可能であり、専らその外観、形状、説明によつてそれを判断するの外はないから、若し右の使用目的の物が何らの規制もなくほしいまゝに製造、販売、授与がなされるときはこれを不相当に使用、服用等することによつて国民の多数の者に正しい医療を受ける機会を失わせ、その疾病を悪化させて生命身体に危害を生じさせる虞れがあるから、前記のように、これらの危害を未然に防止することを立法趣旨とする薬事法のもとでは、何らかの薬理作用を有するものについてはもとより、その物が薬理作用上効果のないものであつても、薬効があると標榜することによる場合も含めて、客観的にそれが人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としていると認められる限り薬事法第二条一項二号にいう医薬品に該当し、同法の規制の対象となると解するのが相当であり、従つてその物の成分、形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物に表示された使用目的、効能効果、用法用量、販売の際の演述等を総合的に判断し、一般通常人の理解において、一見して食品と認識される果物野菜魚介類等の場合を除き、その物が前記目的に使用されるものと認識され、あるいは薬効があると標榜された場合は、医薬品として薬事法の規制の対象になると解すべきである。
そこで本件について見ると、本件高麗人蔘茶は、高麗人蔘茶と表示したレツテルを貼つた透明のガラス小瓶に入つた全体で約六〇グラムの茶色円形細粒状の製剤で成分中には日本薬局方に掲げるオタネニンジンのエキス分の量までには至らないが人蔘エキス分八%(他に乳糖六七%、ぶどう糖二五%)を含むものであつて、その小瓶は朝鮮人蔘の図柄を配して高麗人蔘茶と表示し、輸入元を中京漢薬株式会社、効能書きとして「本製品は高麗人蔘から得られる成分の人蔘エキスを原料に特殊加工法により製造されたもの」と記載された紙箱に入れセロハン紙で密封し、その一二個を一年分としてビニールケースに入れたものであるところ、前記高倉英雄の証言をまつまでもなく、高麗人蔘は朝鮮人蔘と同一と解せられ、それは古来漢方の医薬品として使用され、一般人もそのように認識し薬効もあると解していることを併せ考慮すると、その成分、名称、形態が他の医薬品に類似しているばかりでなく被告人三名は前記のようにこれを販売するに際し、高血圧、糖尿病、リウマチ等に良く効く旨、その医薬品としての効能効果を詳細に演述宣伝して販売したのであるから、本件高麗人蔘茶は、食品衛生法一六条等による厚生大臣への届出等適法な手続によつて食品として輸入された物としても、薬事法第二条一項二号に該当する医薬品と認めるのが相当であり、この前提に立つて本品を法定の除外事由なく新潟県知事の医薬品販売業の許可を受けることなく業として販売した被告人らの所為を同法二四条一項、八四条五号に該当するとした原判決の事実認定ならびに法令の適用は正当であるから、本品が食品として適法に輸入されたことを主な根拠として右認定を論難する所論は失当というのほかはない。論旨は理由がない。
よつて刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松正富 裁判官 千葉和郎 裁判官 鈴木勝利)